追憶と世界政治経済の分析  2019.5.19改訂版

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追憶と世界政治経済の分析  2019.5.19改訂版

 『世界政治経済分析』 

 古代日本のくな国【伊勢方面も含む。邪馬台国時代に存在が確認されている。】の首都候補筆頭の萩原町と大和町、くな国政庁のあった国府宮【愛知県埋蔵物センターの考古学者赤塚氏の書物に記載あり】。愛知県一宮市の萩原遺跡群をはじめとして伊勢湾岸一帯からS字甕が大量に発掘されていることから、大型の前方後方形墳丘墓を営んで濃尾平野の一帯に広がっていた勢力が狗奴国だとする。男王は彦御子【ひこみこ】である。
邪馬台国女王卑弥呼は、247年くな国との戦争中に死去したといわれる。
 同地域は建物建築に際し、土を掘ると古代遺跡が出土するところである。養老山脈の東側がくな国であり、西側が邪馬台国だったといわれている。昭和30年代の筆者が中学生時代には、社会科教員横超氏は授業で生徒に遺跡探しの動員を時々した。遺跡といって古代人の使用した物言わぬ陶器の破片等であるが、大事に扱った。横超氏は中島郡萩原町の歴史物語を書物にまとめた。製本はH印刷所である。書物は一宮市の図書館に蔵書してある。
 邪馬台国が生産力の高い畿内にあったとすれば相当な勢力ということになる。それに匹敵する狗奴国は、伊勢湾岸や濃尾平野の勢力が有望となる。組織力により孫を天皇とする方法で天皇家を取り込み武家政権を樹立した伊勢平家の平清盛一族、武士の統率は武士がするとして北条氏、河野氏の支援を受け1192年鎌倉幕府を創業した源頼朝は名古屋市熱田生まれ、足利幕府時代の1500年代後半、畿内を平定し全国統一直前まで戦線を拡大した尾張国勝幡城出生の織田信長、織田政権を引き継ぎ日本国全土を完全平定した名古屋中村出生の国王豊臣秀吉、織豊政権を引き継ぎ日本国全土を長期にわたり平定した三河岡崎出生の国王徳川家康は、独自の力で日本国の権力を掌握している。
 NHKが2011年10月に放映した「歴史秘話ヒストリア」では、一宮市の萩原遺跡群を狗奴国の首都であるとする説を紹介していた。 参考URL:考古学から見た邪馬台国や狗奴国

 米国のトランプ政権は、政権発足と同時に米国内に存在するハザール人の経営する国家内国家各組織を活動不能にした。結果ロックフェラー管理下のCIAはトランプ政権、アメリカ国防総省ペンタゴン、アメリカ諜報機関NSAにより実力行使で解体処分済みである。行き場を失ったCIA元職員スノーデンはロシア政府に亡命が認められた。ロシア政府は彼は若く重大な犯罪の経験はないと判断したと推定する。
 ハザール人=カバール人=ディープステート組織が世界各国の人々から植民地奴隷システムにより奪った資産は差し押さえられ、資金不足で苦しむ世界の人々に返却分配される予定もあるそうだ。ハザール人の搾取システムにより、ハザール人6名の所有する資産と世界全人口72億人の半分である36億人の所有資産が同じ額といわれる程、貧富の格差は拡大した社会となっていた。
 フランスの経済学者トマ・ピケティ氏は、過去に王国が何故崩壊したのかを研究し原因を解明した。それは富の格差のある社会は必ず崩壊するというものである。富が特定の者に集中すると消費が縮小し生産した物が売れないで残るため生産規模がどんどん縮小する結果を招くことになる。消費の縮小に伴い生産の縮小が生じ、経済規模がどんどん縮小し王国の国民が生活出来なくなるから王国そのものが崩壊するとの結論に至る。つまり王国で少数の者が富を独占する社会では、消費は小さなものとなる。食料についても人間一人が食べる量は限られている。すべての物の消費と生産は極めて小規模になる。極端に富がなく購買力のない国民は餓死して死ぬことになる。結果、人がいなくなり王国は滅びるのだ。
 これに対し、ベーシックインカム制度が導入された富の格差のない社会では、大勢の人に富と購買力があり、生きるために食料を求めるので、食料の消費は大規模となる。これに伴い食料生産も拡大するのである。人間の働く職場が増える。すべての物について同様である。結果、富の格差のない社会の経済規模は大きくなり、大勢の人が人間らしく幸せな生活を営めるようになる。習近平中国政権の進める40億人が生活出来る一帯一路経済圏の新たな創出は、大いに期待が高まる。有力な交換材料を有する日本国も大陸に領地を確保する必要がある。

 アメリカのトランプ政権と軍組織【ペンタゴン】、ロシアのプーチン政権とロシア軍組織、中国の習近平政権は互いに協力し、ハザール=カバール組織の口車に乗せられ戦争することだけは絶対しないと海よりも深く誓いあっている。福音【よい知らせ】を鳴らし続けるトランプ大統領は基督教プロテスタント勢力、軍人組織、スポーツ団体、中小企業経営者、ブルーカラー労働者、黒人団体、女性団体などから支持を受けており、プーチン大統領はロシア国民ほぼ全員の熱い支持を受け、基督教ロシア正教会の支持もある。日本でも柔道有段者であるプーチン氏を守る女性の活動家全国組織が結成されている。
 ロシアと中国は宗教を国家乗っ取りに利用するイエズス会=イルミナティを国外追放した経験を有する。日本国も織豊政権、江戸幕府時代に豊臣秀吉、徳川家康、徳川家光は、ローマカトリックの布教を装った軍隊といわれる一神教のイエズス会を国外追放し国を守った。しかし、イエズス会=秘密結社イルミナティは明治維新前に数万人がイスラム商人を装い再び日本国に侵入し、今日に至るも日本国を裏から支配しているといわれる。トランプ政権、プーチン政権、習近平政権は、そのことをよく知っている。日本はイエズス会=秘密結社イルミナティ支配から脱却できなければ、沈没を免れえない状況となった。

 1549年イエズス会宣教師ザビエルらが来日し布教活動を行うと日本国の宗教界は、仏教と天皇家連合対イエズス会流基督教と足利幕府連合の組織的闘いとなっていった。 
 カトリック教徒の遠藤周作氏は、秀吉、家康、家光がイエズス会=イルミナティを国外追放した時代を背景とした『沈黙』という小説を書いた。最近外国の映画監督が、『沈黙』という映画を制作し全世界で上映したが、日本国内では上映されない。
 小説の中で当時の長崎奉行タケナカ氏の名がよくでてくる。長崎奉行タケナカ氏はイエズス会宣教師及び信徒に対し棄教をすすめるための各種政策を採用した。国家乗っ取りを目的とするスパイ工作活動のため来日した基督教団体を装った軍組織の工作員に対する強行手段が講じられたとの記載を念入りに強調している。平成に入り、竹中氏に対するマスコミの強い批判が続き、竹中氏はすっかり悪役に印象づけられた。これは、イエズス会=イルミナティによる復讐であり、イエズス会を弾圧した長崎奉行タケナカ氏はひどいことをした人だという印象を植え付ける日本人洗脳工作とみる。
 織田政権時代、方面軍司令官羽柴秀吉の参謀長【軍師】に美濃出身の竹中半兵衛がいた。参謀長竹中半兵衛は、羽柴秀吉軍の九州平定前に死去しており長崎奉行には就任していない。長崎港一帯は大名大村氏がイエズス会に寄進していた。これによりイエズス会基督教組織は日本国に領地を得て活発な布教活動を展開し、日本人多数をイエズス会所属の基督教徒に洗脳した。一神教のイエズス会宣教師は九州各地の寺や神社を破壊した。破壊現場を確認した総司令官豊臣秀吉と官僚組織は、イエズス会宣教師に対し何故日本の神社、仏閣を破壊するのかと質問したところ、宣教師の回答は我々は一神教であり神社や寺は必要ないので破壊したというものだった。
 織田信長同様、基督教【キリスト教】に警戒しつつも寛容だった総司令官豊臣秀吉は激怒し、長崎港一帯のイエズス会領地をとりあげ、国の直轄地とした。その後豊臣政権官僚機構はイエズス会の来日目的が日本国乗っ取りにある証拠と証言を手に入れた。この結果1587年日本国内でのイエズス会による基督教布教活動の禁止と宣教師の国外退去を求めた。イエズス会の宣教師、信徒に対しては棄教政策を実行した。結果ほとんどの日本人はイエズス流基督教を棄教した。

 昭和20年8月15日の終戦後、ハザール組織=イエズス会=秘密結社イルミナティ組織の一員である故ロックフェラー氏は、日本占領政策に従事した故ウイロビー陸軍少将に秘密警察CIA創設を命じた。結果CIA日本支部が発足した。CIAは日本国のマイノリティ勢力をエイジェント【手先】として日本国内で破壊工作活動をした。日本国の大学、労働組合、その他でマルクス、レーニン主義すなわち共産主義教育が学校教育の中へ社会科学概論として導入された。したがって学生は共産主義理論と思想、マルクス主義経済理論の学習、研究をしたのち試験を受けることとなった。単位を取るためにはマルクス主義理論、共産主義理論に肯定的文章が必要となった。マルクス主義経済論や社会科学概論の中で学習する共産主義理論思想について会話をしたり、集会デモ等に参加するといつの間にか左翼=アカのレッテルが張られ拡散される。左翼=アカのレッテル張りと拡散はマイノリティ勢力と朝鮮系カルト教団が行う。結果左翼=アカ=共産主義者として弾圧の対象となり、就職等が困難となり、いわれなき受難に遭遇する。対象者に貼られたレッテルは本人の意思とは無関係に動きだし存在感を示すようになる。
 このことも1580年代後半の豊臣政権、江戸幕府全期にわたるイエズス会流基督教=秘密結社イルミナティ弾圧への復讐だったのではないか。非ユダヤ人で隠れユダヤ教徒の軍隊であるイエズス会組織は基督教を装い勢力を拡張した。イエズス会の本質はタルムード思想で理論武装した軍隊組織である。一神教イエズス会の本質は、ローマカトリック勢力拡張を目的とし、基督教プロテスタント勢力、基督教ロシア正教会勢力、仏教勢力、イスラム教勢力への弾圧軍事組織である。
 ハザール系ユダヤ教徒組織を母体とするイエズス会=秘密結社イルミナティは、日本の世論を右翼と左翼に分類し両者を闘わせることにより日本国を統治した。アシュケナジーユダヤ教徒組織構成員は、旧約聖書よりも
タルムードをしっかりと学習する勢力だったといわれる。タルムードには、人間とはユダヤ教徒のみであり、他の民族は人ではなく獣であり家畜であると教えている。したがって、ユダヤ教徒ではない獣、家畜を殺害しても罪とはならないと信じていた勢力である。
 神の子キリストは、アンナの娘でマリアが身ごもり出産した。救い主【メシア】キリストはユダヤ民族の王となった。当時のユダヤ民族はローマ帝国ユダヤ属州に住んでいた。キリストの布教活動の結果、イエスの人気は高まった。妬んだユダヤ教徒はキリストを裁判にかけ処刑にしろと要求した。キリストは反ユダヤ思想を有したローマ帝国ユダヤ属州第5代提督ポンテオ・ピラドの命令で拘束され、ローマ人によりゴルゴダの丘で十字架に張り付けにされ殺害された。しかし、神の子キリストは3日目に予言通り復活した。ピラドは後に自殺したとも基督教徒になったともいわれる。ユダヤ民族は、66年と135年にローマ帝国の圧政に抗議し戦争をする。戦争の結果、135年エルサレムは廃墟となる。313年、ローマ皇帝コンスタンティヌス1世がミラノ寛容令を発し、キリスト教を公認する。391年古代ローマ帝国皇帝テオドシウスがキリスト教を国教に定める。その後ローマ帝国はキリスト教を他国侵略の武器として利用した。ローマカトリック教会を創設したのは、キリストに従った使徒筆頭のユダヤ人キリスト教徒のペトロである。ペトロは西暦67年死去した。

 ハザール系ユダヤ教徒ラビの家に生まれたカール・マルクスの開発した共産主義思想に対する態度について考える時、中国はどうなのかの疑問が残る。
 社会主義理論と思想はカール・マルクス登場の遙か以前に形成された長い歴史を有し、多くの賢人の知恵の結晶である。マルクスはその社会主義理論・思想をパクリ、ハザール人だけが社会主義思想の恩恵を受けられるように編集したものを共産党宣言として発表した。共産党宣言は共産主義社会になれば全人民が幸せになれると宣伝したが、ピラミッド型の共産党組織の頂点に立ち権力を掌握出来るのは、タルムードで理論武装したハザール系ユダヤ教徒組織の要員かコミンテルンに属しハザール組織に忠誠を誓った非ハザール人のみである。 嘘ばかりついて人々を欺す詐欺的要素の高い共産党組織の本質は、ロシア革命、中国革命、ポルホト指導のカンボジア国、東欧諸国等で数億の人々が共産主義者の標的となり冤罪事件をデッチあげられ無残に殺害されたことで証明され、それが世界的規模で露呈した。結果人々は覚醒し今日に至る。
 中国の習国家主席の父は、中国共産党の主要幹部の時に毛沢東と政治路線問題で対立し、批判され、党活動停止処分をうける。類は子供にも及び習氏は農村へ追放され、農民生活を10年続けた。そうした中で習氏の姉は、文化大革命中に批判され、ついに首をつり自殺してしまった。習氏は膝から崩れ泣いた。ついに習氏の親は、このままでは息子も死ぬ恐れがあると判断し、党に対し自己批判し認められ、党幹部に返り咲いた。やがて、農村に追放されていた習近平氏は追放を解かれ、中国共産党のエリートコースに戻り、今日に至っており、共産主義思想の問題点は充分理解している。中国の人々及び中国共産党幹部は粛正された経験のある人を代表に選任した。中国はすでに粛正経験を有する鄧小平時代に1国2経済制度を採用しており、純粋の共産国家ではない。

 世界は戦争の世紀が終わり平和の世紀に入った。
世界各国はハザール人が牛耳る民間中央銀行を廃止し、各国政府が経営する国立銀行制度システムを作り、運営していくことになっている。この制度は2001年9月11日スタートの予定だったが、反対勢力により同日午前8時46分ニューヨーク市で9.11事件が発生し発足が遅れた。しかし、トランプ政権により即時スタートである。9.11事件の首謀者も刑務所へ隔離済みか処刑執行済みである。軍事基地収容所において、この事件の軍事裁判が行われている。共犯者検索のため一部勢力は泳がせている。
 米国では税制も大きく変わる。所得税等が廃止され、駆け足のインフレ抑制のため売上税=消費税は残る。政府は自前の通貨発行権により国立銀行で通貨を調達できるので、資金調達のため政府国債の発行は必要なくなる。これまで政府が予算執行資金調達のため政府国債を発行してきたが、政府国債の発行が不要となるので、国債利子の支払義務もなくなる。利子の支払いがなくなれば利子支払いの財源を国民からの所得税の徴収に求める必要もなくなる。
 米国では、すでに軍人など公務員へ財源が税金ではない新通貨で給与の支払いが行われている。政府閉鎖中、公務員へ給与の支払いはなく、解体される予定の役所は政府閉鎖が実際の解体の日となる。
 国民にはベーシックインカム制度が導入され社会生活を営む権利が憲法規定通り保障される。民間で働く人も公務員と同じく国から生活資金の支払いが実施されることになっている。ハワイ州その他ですでにベーシックインカムを実施している。ベーシックインカムで使用される通貨は国立銀行で造幣=製造した政府通貨であり、税金を使用するわけではない。国立銀行をベースにベーシックインカム制度が導入された国は、共産思想とは完全にお別れすることになる。

 日本国では終戦後、GHQ内にいた故ウイロビー少将がハザール人末裔故ロックフェラーの命令でCIAを創設した。CIAの活動は日本国内では在日するマイノリティ勢力を手先として行われた。彼らは真っ先に軍人の家庭をターゲットにした。そのため、旧日本軍人の家は、家族と日本国民を守るため銃器、拳銃、弾薬、日本刀などの武器を終戦後長い間秘密に保管し、いざというときに備えた。当然のこととして激しいゲリラ戦の準備もできていたと推定する。在日米軍はそれを恐れた。
 外国派遣アメリカ軍の国内帰還を進めるトランプ政権発足により、ハザール組織の活動補助部隊である在日マイノリティ勢力は消滅課程の終盤である。ハザールユダヤ組織=イエズス会=秘密結社イルミナティ組織は、歴史的にみると証拠隠滅のために手先として利用してきた者の口を封じる手段を講じる。

『追憶の概念』

   トランプ、鈴木イチロー、北朝鮮

 昭和30年代の萩原町にある萩原小学校での出来事

 筆者らのクラス担任は植田先生・・・通称むけ猿といわれていた。すぐ顔を真っ赤にして怒り、皮のスリッパで張り倒すのが特技だった。不愉快なことがあり怒るとすぐに職員室に引きこもり授業に出てこないため、筆者らは職員室まで呼びに行き授業をするよう督促するのが常だった。実家はお寺とのことだった。そんなわけで肝心の植田先生は何を教えていたのか記憶にない。授業をしたことがあっただろうか。あったと思うが。筆者には他の印象は強いが何を教える先生だったのか記憶にない。国語だったかな 社会、地理?
 筆者の小学生活も順調に推移し、生徒会の三役で会計担当に当選した。ところが、本能寺の変ではないが、突然筆者の人生は暗転した。

 それは、筆者が小学校6年時の家庭科の織田先生の授業中のこと、織田先生が縫製の出来具合を見るので、できた人から先生のところへ見せに来なさいと言った。そこで、みんなが並んで見せに行った。突然、クラスにいた北朝鮮系在日朝鮮人のMが筆者に対し順番にならばんかと絡んできた。順番に並んでいた筆者には何のことかわからない。朝鮮人がクラスにいることすら知らなかった筆者は、負けじと口論した。ついに殴り合いとなり、授業中の教室から外へでた。窓から他の生徒がワァーワァー騒ぎ見ているなか、中庭でMと殴り合いを続けた。そのうちに仲裁の先生がきて喧嘩は中断した。夜になり、家にいると家の戸のところに手紙が差し込んであった。取り出して読んでみると果たし状だった。
 今夜、夜8時に正瑞寺の鐘つき堂のところへ来いと書いてあった。夜で先生もいない。親に言ったら隣の鈴木さんに頼めと言われたので、鈴木【トランチョウ】さんに果たし状を見せたところ、任せておけと言ってくれた。筆者はほっとした。
その後、同じクラスで親が文化人の佐藤という少女から不良といわれるようになった。その言葉は拡大した。筆者に対するイジメである。筆者は深く傷ついた。勇気を出し正義感で問題児と闘ったのにである。教員にも問題視され、中学校進学後もその連絡は入っており、中学教員は事件のことを知っていた。小中学校を通じ、日本人の生徒は、在日朝鮮人の生徒とは関わりを持たなかった。在日生徒は在日仲間数十人でいつもたむろしていた。Mは小学校高学年、中学校を通じ同学年全生徒を支配下においた。
 中学1年生の時にもAとIにより、筆者は事件に巻き込まれ授業中に教室をでて運動場で殴り合いをする事件が発生した。AとIが喧嘩していて、逃げるAをIは追っていた。Aが筆者に小さな棒きれを持っていてくれと頼みさらに逃げた。そこへIが来て棒きれを手渡せと叫んだ。筆者が預かり物だから渡せないと断るとIは怒り怒鳴った。次第に口論となり、運動場へ行き殴り合いをした。現場に教員が飛んできて喧嘩は終わった。筆者は職員室で教員に張り倒された。口論の時、Iは意味不明の発言した。「おみゃは何もわかっとらん」。そりゃわかるはずがない。安重根と伊藤博文のことだったのかと今は思っている。内閣総理大臣伊藤博文暗殺の時、国学者森氏も一緒に朝鮮人テロリストに暗殺されている。Iも中学卒業後体に飾り物をしていた。
 別の日、廊下で筆者の剣道のそぶりを見た少女の軽い冗談【後ろから先生をなぐるそぶりをした】を聞いた教員【実家はお寺】が激怒し、教室の中で担任に袋たたきにされたこともある。ただし、声は荒げていたが、さわるような張り手だった。今から振り返ると事件は、いずれも計画的に捏造されたものであると判断している。これらの事件を原因として、筆者に生じた不利益は、優等生仲間がはなれていったことである。中学に入るとクラブ活動があり野球部に在籍した筆者は野球づけの日々となった。しかし、高校1年の終わり頃、硬式野球部を辞めた。あれほど好きだった野球をやめる程のこと【野球部先輩による経験したことのないしごき、連帯責任を理由に野球部員1年生全員を殴るのが常時あった。中学野球部とまったく違う、ひどい野球部だった。】があったであろうが辞めたのはよくない選択だったと反省した。
 しかし、これらの事件は、教員による内向書記載事項であり、筆者の進学、就職に悪い影響がでた。高卒後筆者は勤務先を2年で退職し、名古屋の夜間大学へ進学した。今度は学問もしたが仕事もおろそかにしなかった。夜間大学に対する社会の評価は低くゼロに近い。昼間の大学に入学できなかった落ちこぼれとの評価である。
しかし、内閣総理大臣には夜間大学で学んだ政治家が多い。公務員は特に多い。
 筆者は20代前半公務員試験を受験したところ、国家公務員行政初級職、愛知県地方公務員行政中級職は2回、名古屋市学校事務職大卒コースの一次試験に合格した。が、しかし2次試験の面接試験の結果、いずれも不合格となった。名古屋市役所の面接では、面接試験官の一人が筆者に対し、いきなり森さんは他にやることがあるのではないですかというような意外な質問を受けた。筆者は驚きひどいこというなと思い公務員になることを断念した。以後筆者は公務員試験を受験せず、方針を代え国家資格取得に集中した。受験日前は仕事を1ヶ月休み、あとは何もかも捨て集中して受験した結果、20代最後の年の昭和52年に税理士試験簿記論に科目合格した旨の合格通知書を12月のクリスマスの頃に受け取ったときは本当にうれしかった。社労士試験は税理士試験の受験勉強をゆるめ、社労士試験合格に総力をあげた年に合格した。受験日が隣接しているのに毎年税理士試験と社労士試験の両方を受験していたが、無理な受験方法だったと総括している。まぁ、しかし生きるためには早くほしかった国家資格だ。
 健康体であった当時の筆者の会計人としての水準は仕事もほぼ全部覚え青空が見えていた。あとは国家資格取得のみである。受験科目は簿記論、財務諸表論、所得税法、法人税法、相続税法及び社労士試験である。受験準備の答案練習て゛答案を毎年1科目につき50枚は書いた。受験はまさに必死の闘いであり真夏に算盤と電卓、タオル片手に背水の陣で望んだ。答案用紙への記入は、ボールペンかインクである。答案用紙に汗がぽたりと落ちたらインクがにじみ、答案用紙が汚れる。試験委員は科目別に1名で受験者全員の答案を数ヶ月かけて採点する。汗とインクが滲んだ答案では印象悪く、しっかり読んでいただけるか否か心配だった。その後の筆者は、一回合格で開業できる国家資格取得を目標にしていった。やがて仕事先獲得のために集中した時、国家試験受験をやめたところ顧問客は増大した。ピーク時は100件くらい顧問先があったし売り上げも多かったが、平成2年から減り始め、今はそれぞれ半分くらいとなり、資金繰り問題という新たな課題に直面している。
 警察職試験は、愛知県警、警視庁いずれも最終合格したが、入庁しなかったり、勤務途中で退庁した。薩摩藩士は警視庁を創設した。薩摩藩士の創設した大学が東京に多数あり、その卒業生が警視庁に就職する。初代警視総監は薩摩藩士の川路利良陸軍少将である。川路陸軍少将は西南戦争で幕末の英雄である西郷隆盛軍と戦争している。東京警視庁は、警察学校に入校したものについて自動的に国家との関係で特別権力関係に入った者とし、退職後も特別権力関係は続くとしている。戦前の226事件において警視庁は武装蜂起した軍部隊により銃撃戦の後、占拠されている。
 226事件で反乱軍の目的が明確になっていないが、将来国家を背負うエリートの青年将校が多数参加しており、戦争阻止が目的で、戦争政策を進める戦争狂政府から政権奪取をするための決起だった可能性もある。この問題に日本人は誰も触れない現実がある。
 カトリツク系宗教団体は信徒などに対し、過激派の集会、デモに参加を呼びかける文章を記載した機関誌を今日でも配布している。この事実が国会の場で取り上げられ、国会議員と国家公安委員長の質疑応答の中で明らかになった。昭和40年代の学生運動、革命運動にもこんな背景があったと推定する。

 明治維新の結果から当時の地域の政治がすぐわかるように、都道府県名と県庁所在地名が同じところは、薩長支持勢力で、県名と県庁所在地名が相違するところは政権を有する江戸幕府支持勢力の地域であるとしている。
日本の場合、明治維新から日本を支配するハザール組織【イエズス会=秘密結社イルミナティ、イルミナティのエージェントである共産主義者、朝鮮系カルト宗教団体、ロスチャイルド等金融資本家】の背後操縦で政治生命を得た薩長土佐などの政治勢力が政権の座にあるが、秋波が押し寄せ終わりの日が来ている。
 イエズス会は一神教であり、秘密結社イルミナティを有しピラミッドの組織である。同様に共産党も一党独裁であり、秘密警察を有しピラミッドの組織である。
 世界政治の中枢勢力であるトランプ政権とプーチン政権、習近平政権誕生により、イエズス会=秘密結社イルミナティは政治生命を失い無力化した。再復興の可能性も永久に0である。遅れの目立つ日本では政権は形式的に残ってはいるが、次の政治体制への移行準備に入っている。早くしないと世界の中で日本だけ経済成長せず、沈没に歯止めがかからない状態を自覚しなければならないだろう。インターネットなどで情報収集している人は完全自覚に近づいている。人々は新聞テレビマスコミによる洗脳工作に嫌悪感を充満させている。

 昭和40年代日本の大学ではハザール人のスターリン書記長、カガノビッチ副首相【ハザール帝国国王末裔で98歳まで長生きする】、秘密警察長官ベリア等ソ連共産党の指導により地上に楽園を築いた共産国北朝鮮の人々は偉大であるとの洗脳が行われていた。ハザール帝国は1243年チベット仏教を国教とするジンギスカンの創設したモンゴル帝国により解体され、ハザール人はヨーロッパ諸国へ流民となり移動しゲットーで生活した。そして、ヨーロッパ諸国に国家内国家を築き金融業、貿易業、葬祭業で生計を立てた。
 1953年3月ハザール人末裔のスターリン書記長は青年医師団処分事件【モスクワでハザール人ユダヤ教徒青年医師団によりロシア人新生児が次々に殺される事件が発生した。女性医師の密告により判明した】をめぐる紛争で秘密警察長官ベリアによりデイナータイムに毒殺される。同年6月にハザール人でトルコ系白人といわれる政治局員兼内務大臣ベリアは、政治局員フルシチョフ、同ジェイコフ元帥らロシア人指導部により会議の場で逮捕され刑務所へ秘密裏に連行される。ベリアらについてルデンコ検事総長による尋問が行われた。ベリアは命乞いをし、ペラペラとよくしゃべった。同年12月に軍事法廷はベリアに死刑判決を行い即時銃殺した。ベリアの公邸跡は現在のトルコ大使館である。大事件であるにもかかわらず、日本ではこの事実が詳細に報道されず、スターリンとトロツキーは一定の評価をされていた。ハザール人末裔で組織されたCIAの圧力があったとしか言いようがない。日本では昭和40年代後半まで多くの知識人を巻き込んだ大学紛争とその延長としての共産革命への運動が盛んであった。

 終戦後、日本の警察組織はCIAの命令で拳銃、日本刀不携帯で職務を遂行していた時期がある。このため、反日マイノリティ勢力はやりたい放題、日本人を標的としてに危害を加えていた。敗戦後の日本警察は在日朝鮮組織に無力だった。しかし、トランブ政権発足により、犯罪行為をする在日朝鮮人を逮捕し治安の維持に総力を挙げている。日本の司法機関は、在日朝鮮人組織のオーム真理教幹部に対し処刑を執行した。
 Mとは20歳の頃、岐阜の千手堂で会ったが、すでに結婚し子供もいた。仕事は岐阜柳ヶ瀬でギター流しをして
生計を立てていた。演歌の弾き語りをしていたのである。体には飾り物をしていた。
 昭和40年当時、在日朝鮮人は、日本企業に就職出来ない状態にあり、就職先はマスコミだけという環境にあった。したがって、企業に就職出来ないのに日本の学校で勉強して何になるということで、彼らは教室を抜け出し授業をさぼるのが常だった。そんなにしてまで日本にいる理由は何なんだ。彼らには朝鮮という国があるではないか。本国の指令により日本国内で工作員活動しているとの疑いも生じる。

当時 鈴木さんは、あだ名がトランチョウといった。筆者はあだ名がゴンである。

 鈴木家は名古屋市内で事業をしていたが、米軍による空襲から逃れて、筆者の家の隣に5人家族で住んでいた。鈴木さんのお父さんは、都会風で品のよい顔つきの人だった。
名古屋の市街地は大半が燃えてなくなった。空襲の状況については、筆者と知り合いだった名古屋市消防局長の桜木さんから、いろいろ教えてもらった。名古屋市民は、燃えさかる火から逃げるが、消防士は燃えさかる火に向かって前進し、避難民に対する避難誘導と猛火を消すのが仕事であると教えてくれた。桜井氏はその後金沢市消防局勤務となった。前田家が築いた金沢市には空襲はなかったと述べていた。
 ニューヨークで発生した9.11事件の時、多くの消防士が猛火に向かって突進し職務遂行中に殉死したことは記憶に新しい。消防士の職業は聖職である。
 イチローはアメリカ大リーグーへ行く前2度筆者の事務所の付近にきた。野球帽を深くかぶりメガネをかけていたため、本人かどうか不明だか、筋肉質細身の長身で特徴のある歩き方と体の動きはまさにイチローだった。
 事務所付近を歩いていた作家の野坂昭如氏も見たが、顔を合わせると急に踵を返し戻っていった。日が暮れたある日、事務所付近には結構人がいた。その中で2名が仲良く話し合いながら歩道を北へ歩いて行った。薄暗い中よく見るとプーチン大統領とメドベージェフ首相のように見えた。名古屋の地下鉄でペンタゴンの下士官か将校と推定できる私服を着た軍人に電車に乗っているとき、大変親切な挨拶を受けた。一宮駅でゾルゲを連想させる長身の外人で片足少しビッコの人物と3回ぐらい出会った。3回目の時は、ゾルゲの少し後を当時現役時代のフランス大統領のサルコジそっくりさんと出会う。サルコジ氏は手をアゴに当てていた。
 同業者仲間と京都へ見学研修旅行に行った時、京都駅で長身で現役時代の元アメリカ大統領ブッシュ氏【そっくりさんか本物か不明】とすれ違う。夜、京都の神社でやはり長身で現役時代のクリントン元大統領【そっくりさんか本物か不明】一行とすれ違う。いずれも筆者は驚き顔を見てかつ振り向いた。また、明らかにイスラエル人と推定できる人も名古屋駅などでよく出会った。萩原の自宅まで来て空手で石を割る演舞も見せた。プロテスタントの牧師さんから萩原の自宅で声をかけられた。「ここで何かしているのですか」と。その後筆者は、民族としてのユダヤ人ユダヤ教徒とトルコ系白人といわれるハザール系ユダヤ教徒=アシュケナジーユダヤ教徒を明確に区別し表現するようにしている。
 
 筆者の親は旧海軍軍人で、南方方面艦隊司令部勤務で通信兵だった。通信兵は武器不携帯で任務遂行することになっている。海軍司令官の命令で戦闘機、艦船に無線で出撃命令を出したり、無線傍受が主な任務だった。前線で草むらに隠れ、敵情報を掌握し、司令部へ暗号通信を送る任務に従事したと語っていた。終戦時は日本軍基地のあった小島のベオ島に陣地を築き戦争を継続していたが、食料の少ない小島へ避難する陸軍兵が増加し、食糧難となったため、川にいるワニも食料にしたといっていた。終戦となりオランダ軍により武装解除されている。オランダ軍はいろいろなものをくれて親切だったと述べていた。
太平洋戦争で敗戦したが大戦中、筆者の家から海軍2名、陸軍2名の軍人を日本帝国陸軍省、海軍省に送り出していた。敗戦に伴い、激戦地である南方方面と中国戦線の海外勤務要員2名が捕虜となる。陸軍戦車隊に所属し中国戦線に投入された1名は、戦車の動かし方教育のため2年間中国人民解放軍の捕虜生活をした。捕虜生活で身の回りの世話はクーニャンがしてくれたとのことである。筆者の親はオランダ軍の捕虜となったが早く釈放され、セレベス島に集結し帰国した。当時20歳の1名は沖縄戦で海軍軍人として連合軍と戦闘を行い戦死した。萩原町の多くの家から1名づつ戦死覚悟の軍人が沖縄戦に投入されている。筆者の祖父も日露戦争当時の軍人で、日本刀を大事に保存し時々手入れをしていた。1945年8月15日、日本国の敗戦により、しはらくして勤務先の海軍省、陸軍省もなくなり、大世帯の筆者の家は縮小を余儀なくされ、家族は全国に散っていった。沖縄戦の残した傷跡は沖縄の人だけではない。

小学6年時、筆者らの教室は、新築の鉄筋コンクリート2階建ての2階にあった。東住吉キリスト集会の高原剛一郎 氏の講演を動画を見て知ったが、追い立てられ行き場を失ったアシュケナジーユダヤ教徒が多く住むホーランドのクラフト市にある彼らの特徴のある墓石やゲットーの壁の上のには丸い石の屋根がついている。さて、昭和30年代の筆者らのクラスのあった萩原小学校の鉄筋建物の屋根は丸くおわんをかぶせた作りで短いひさしもある。現在も存在する。ポーランド旧首都クラフト市にあるアシュケナジーユダヤ教徒=ハザールユダヤ教徒のゲットーの壁の屋根、墓石の上の部分と同じ作りである。墓とはその人を土に埋めるところ。ゲットーとはアシュケナジーユダヤ教徒を生き埋めにするところという意味だそうである。
筆者は平成のはじめから現在まで、ぜんそく、鼻茸で呼吸困難な日々を送っている。筆者は複数の毒ガス噴霧行政訴訟事件で市役所等を相手に最高裁まで争った。名古屋高裁の法廷、事務局は準備書面の提出などでなじみになった。裁判所の書類受付事務は、深夜12時まで開庁している。最後まで本人訴訟で一貫し地元市役所などを被告とする10年間に及ぶ公害行政訴訟事件の判決は被害者の本人敗訴であるが、その筋からは公害問題を完全解決したとの情報が伝わってきた。筆者は小さな公害といわれるが生命【毒ガス吸入で死者は10名以上発生した。発生源周辺の高齢者の死を早めた】に関わることであり、渾身の力をこめ準備書面で思い当たるあらゆる理論と証拠を提出し争った。長く公判が維持できたのには理由があった。裁判所が重大事件と認識したからだろう。やがて環境庁が環境省に格上げされ法整備が行われた。同時期、岐阜県御嶽町で内容が逆ではあるが、山中を流れる木曽川の付近に産業廃棄物の最終処分場建設の許可をめぐる行政訴訟があった。御嶽町長は襲われ負傷した。許可された場合、尾張の人々は汚染された水を飲み続けることになった。日本国に主権があればふざけた行為をするやからは即日逮捕で網走刑務所送りか本国強制送還となるべき事案である。
 ハザールマフィア=イエズス会=イルミナティ組織の末端細胞であるCIAは日本国内のマイノリティ勢力を手先にして、日本人にありとあらゆる危害を加えてきた悪魔教を信仰する勢力である。日本には1549年ポルトガル人ザビエルが日本国乗っ取りのため来日して以来続いている。イエズス会は豊臣政権下でその本質が暴露され国外追放令により布教の禁止と国外退去を求められた。徳川家康、徳川家光も豊臣政権同様、イエズス会に対し布教の禁止とともに国外退去を求めた。江戸幕府は仏教寺院にイエズス会流キリスト教信徒の監視を命じている。しかし、明治維新の少し前にイエズス会はイスラム商人を装い日本国に侵入し、明治維新によりイエズス会による布教の禁止と国外退去令を撤廃させ以後日本国で活動を続け、裏の世界から日本国の主権を握っている。
ロシア政府の評価基準によれば日本国とイスラエル国は同じグループである。
 2001年9月11日以降、米国軍人が鋭くめざめトランプ政権発足後2年経過し、米国経済は復活し勤労者の給与も増額となり、完全雇用が達成されたようである。トランプ政権下のアメリカは正常な国へとまっしぐらに進んでいる。悪魔教支持者は滅びの道に収容され、世界は大きく変わった。日本にも変化の兆しはある。変化するときは氷が溶けるように一挙に進むだろう。

 筆者は昭和48年から56年にかけて9年間大阪で仕事をし、最初の住居は東住吉区湯里町のアパート南海荘だった。隣のアパートに住む中学勤務で日教組青年部所属の彼女は、筆者の勤務先のことをさして、あそこは行き場を失った人たちが多いところねとしばしば言った。昭和54年3月大阪市平野区で行政書士事務所を開業する。昭和57年1月大阪労働局へ社会保険労務士の開業届けを提出し開業する。

 美濃路の宿場町萩原は江戸幕府公認の宿場=駅だった。萩原には本陣と脇本陣、問屋と多くの宿、料亭があった。
しかし、明治維新で薩長明治政府を操る闇の勢力により弾圧され、宿場町萩原の本陣、脇本陣、問屋制度はなくなり、建物施設は跡形もなく消滅し、人脈も消され、宿場町を語る人もなく、ほぼ完璧に痕跡がなくなっている。加えて昭和20年8月の敗戦で円通貨の価値下落により各家は巨額の資産を失った。また、尾張藩織田政権、豊臣政権の庭ともいえる萩原は、1590年代にはイエズス会の陰謀により、長尾氏と秀吉姉夫婦が経営する萩原城10万石が廃城となり人的資産が失われた。長尾氏と秀吉姉の智夫妻の嫡子で関白の豊臣秀次がイエズス会流キリシタンとなっていた。NHK大河ドラマ真田丸で放送された。関白豊臣秀次は豊臣秀吉の後継者で次期日本国の国王となる予定の人であった。
ローマカトリック教会所属修道会であるイエズス会流キリシタン【非ユダヤ人隠れユダヤ教徒。ハザール人勢力】の陰謀は現在も続き、狗奴国元首都萩原は公的施設もなく商店街は寂れゲットー状態である。身長188センチ稀勢の里の本名は萩原であるが、土俵上でモンゴル相撲の奇襲により横綱相撲がとれない体となり廃業した。

本陣は世襲制で森権左衛門が運営し新田開発に力を入れ後世に名を残した、脇本陣は森半左衛門が世襲した。本陣には大名が宿泊し、脇本陣は家老が宿泊する。武士はその他の旅館に宿泊した。宿場は旅の疲れをとるところであった。一般の人も本陣、脇本陣に宿泊することもできた。1500年代後半宿場町萩原には萩原城が10万石で存在した。城主は長尾氏で妻は豊臣秀吉の姉である。長尾夫妻の嫡男は3人いて長男は関白豊臣秀次である。豊臣秀次は尾張藩主になった時期もある。歴史書に記載はないが、豊臣秀次はイエズス会流キリシタンという映像が大河ドラマ真田丸で流れた。これで豊臣秀次失脚の謎が一挙に解けた。戦争で片足を失い傷痍軍人で38歳の学生だったロヨラはザビエルらとフランスのパリでローマカトリック所属の修道会であるイエズス会=秘密結社イルミナティ(本当は非ユダヤ人で隠れユダヤ教徒。ハザール系ユダヤ教徒=アシュケナジーユダヤ教徒)を創設した。一神教のイエズス会のザビエルは、1549年に来日し、九州薩摩城主島津氏と面会し布教の許可を得る。次に大友氏、大内氏、に布教の許可をえる。近畿では室町幕府将軍の足利義輝に面会し布教の許可を得る。やがて、仏教対イエズス会の対立となる。仏教には天皇が味方し、イエズス会には室町幕府将軍が味方した。イエズス会は全国各藩大名の思想状況を調べ名簿を有していた。イエズス会の要請で織田信長は将軍足利義輝から呼び出しを受け、イエズス会のザビエルと面会した。織田信長は貿易港の堺市を管轄することとなり武器弾薬は自由に調達できる体制となった。織田信長はイエズス会から西洋の情報収集と武器弾薬を手に入れ、代わりにイエズス会の布教を認めた。結果織田政権は、仏教勢力の標的となった。こうして信長と一向宗の戦いが始まった。比叡山延暦寺との戦いもその一環である。しかし、国主となった信長は、イエズス会信徒にはならなかった。これがイエズス会の日本乗っ取り計画を狂わせローマの逆鱗を招いた。1582年6月2日未明イエズス会=秘密結社イルミナテイを首謀者とする本能寺の変の勃発である。
 多神教の各大名はローマの手先である一神教イエズス会から西洋の情報と武器弾薬ほしさから、イエズス会流キリシタンになったのであり、ポルトガル語もスペイン語もわからない各大名が心身ともにイエズス会流キリシタンなったとは信じがたい。イエズス会=秘密結社イルミナティ組織の目的は日本国を乗っ取りローマカトリック教を国教とするバチカン国の下部(植民地奴隷)にすることである。
 ロシア国は交流国に対する外交評価をし、グループ別している。それによれば、日本国はイスラエルと同じグループに入っている。これでは、日本国の対ロシア交渉には限界が生じるのは当然である。日本国の評価は最悪の状態にある。ここから一時も早く抜け出る必要がある。
 トランプ政権が素早く次々に公約を実現し発足から2年半以上経過したのに、日本国ではトランプ大統領支持を表明する政治家が現れない不思議な国である。米国内経済立て直しを最優先とし、中小企業に対する金融支援を通じた経営安定化政策実施の結果、米国内の失業率はほぼ0となり、完全雇用が達成されている。
外国は、日本国がどういう勢力により支配されているかよく知っている。ロシアの外交区分で日本国はイスラエルと同じグループに入っており、日本国内にはタルムード思想が充満している。年金が著しく少額であり、年金生活ができない中高齢日本人は息も絶え絶えである。日本国の中小企業は重税と経営資金不足で窮地に陥っている。